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HISTORY​

-​ 歴史 -

​四万十町米奥小学校は、四万十町の中心地より北方約10kmに位置し、四万十川上流域の両岸に開けた米奥地区にあります。
令和6年度現在、校区の世帯数は200戸余り、児童数15名、教職員数9名の、ごく小規模校です。
​この四万十川のほとりにある小さな学校では、学校林や四万十川など自然環境を生かした学習や、コミュニティースクール制度にいち早く取り組み地域と協同による学校行事を行うなど、小規模校ならではの良さを生かした学校運営を行っています。

小学校航空写真 古いほう.jpg

​米奥小学校

150 YEARS OF HISTORY • 150 YEARS OF HISTORY • 150 YEARS OF HISTORY • 150 YEARS OF HISTORY • 150 YEARS OF HISTORY • 150 YEARS OF HISTORY •

​小学校の歴史

​日本の出来事、地域の出来事

明治9年(1876年)

「大乗寺」を教場として創設。「米ノ川小学校」と称して開校。

廃刀令(帯刀禁止令)が布告され、軍人や警察官などを除く一般の帯刀が禁止される。

​米の川、川奥村が合併米奥村に。中津川、栗木、桑の又村が合併し中津川村に。

​大正4年(1915年)

新校舎落成。校名を「松葉川西尋常小学校」と改称。

第一次世界大戦に伴う大戦景気の到来。

​森が内林道新式ガソリン車となる。

​昭和16年(1941年)

国民学校令により「松葉川西国民学校」となる。松葉川山分教場を置く。

情報統制、統制経済が進み戦時一色になる。12月、太平洋戦争宣戦布告

​昭和22年(1947年)

学校教育法の改正により「松葉川村立松葉川西小学校」となる。校舎大修繕。

日本国憲法が施行され、戦後の新しい教育制度や政治体制がスタート。

久礼-影野間鉄道開通、越行大橋完成

​昭和49年(1974年)

窪川町立松葉川山小学校を統合。

巨人の長嶋茂雄選手の引退。コンビニエンスストア「セブンイレブン」第1号店が開店。

​国鉄予土線開通、窪川中学校開校

平成5年(1993年)

新校舎(現校舎)移転落成。

サッカーのJリーグが待望の開幕。皇太子さま・雅子さまご成婚。

​県道窪川船戸線の根元原バイパス開通、松葉川温泉ゆとりーむ開業

令和8年(2026年)

米奥小学校創立150年。

​自ら学び、自ら考え、心豊かに伸びゆく児童の育成

四万十町立米奥小学校

​自ら学び、自ら考え、心豊かに伸びゆく児童の育成

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