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MESSAGE

-​ メッセージ -

​米奥小学校創立150周年記念プロジェクト実行委員会 会長

岡本 則子

みなさんこんにちは。

私にとって米奥小学校は、我が家のような存在です。私の祖父から、子どもまで4世代にわたってお世話になった米奥小学校。今年で150歳の誕生日を迎えます。100周年記念を祝ってからあっという間に50年が経ちました。

 私は、昭和43年度卒業生です。私たちの時は、旧校舎で廊下の隙間から1階の教室が覗けたり、掃除のときにバケツの水をこぼすと1階が雨漏り状態になるような校舎でした。また、体育館がなかったため入学式や卒業式には、教室の壁を取り払って、式場にしたり発表会の会場にしたりしていました。また校舎の隣には、戦後ベビーブーム対策としての校舎があり、のちに公民館として利用されていました。まだ公共の施設がなっかったために託児所になったり、ある時には、結婚式やお祝い事に使用したりしていました。ちなみに私もここで門出をしたことです。

 児童数も200人近く在籍していました。学校行事も今と比べると少なかったですが、こいのぼり運動会や年3回の遠足もあり、楽しい思い出がいっぱい詰まっています。

 近年、学校運営協議会にも関わらせていただき、地域のおばちゃんとして、米奥の子どもたちと一緒にいろいろな行事に取り組み、元気をもらている今日この頃です。

 地域とともに育ってきた米奥小学校。子どもたちの笑顔や笑い声の絶えない私の誇りともいえる米奥小学校。大好きな米奥小学校がこれからも地域と手を取り合ってみんなが集える場となることを願っています。 

 

                                         岡本 則子

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​米奥小学校 校長 

​北添 忠

四万十川に一番近い小学校、玄関から歩いて1分そこそこで河原に到着。その100m上流には源流大橋、さらに200m上流には一斗俵沈下橋、100m下流には清水ケ瀬沈下橋。まわりを見渡せば高すぎない山と肥沃な大地。自然の豊かさと四万十川とともに生きてきた人々のくらしを感じる場所に、米奥小学校がある。この学校に赴任して、まず感じたことは「地域と共にある学校」ということ。4月はじめ、丸太に色を塗って「丸太こいのぼり」をつくる。それを四万十川に流して泳がせるのは地域の方々。学校林での活動も四万十川での活動も、すべて学校と地域が協力して行う。150年という歴史の中で、積み重ねられてきた「協働」という営みが今も息づいている。
 令和8年度の児童数15名、完全複式の極小規模校。授業を通して感じることは、子どもたちが自分たちで進めていく複式授業のすばらしさ。意見を出し合い、課題を解決していく姿は見ていて気持ちがいい。昼休みは「全校遊び」が定番。意見の違いを乗り越えてみんなで遊ぶ。基本的に「ひとり」にはならない。
 地域に支えられ150年続いてきた米奥小学校。この先も、この素晴らしい学校が、いつまでも続いていくことを切に願っている。


                                           四万十町立米奥小学校 校長 北添忠

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